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2006年12月23日 (土)

「NARUTO」一時間スペシャル。

原作を読んでいないので、オリジナルがどうとか原作との
ギャップがどうとかよくわかんないのですが。
アニメだけは一応全話観ている「NARUTO」。

今回は先週から、都合三話で1エピソードだったんですが。
「NARUTO」見始めて、今回初めて激しく「動揺」しました。
……「感動した」というのとはちょっと違ってて。
「心動かされた」というのが近いかもしれない。
でも「感動」とは違う。

どうもワタシの心の琴線には昔から「自己犠牲スイッチ」とでも
呼ぶべきものがありまして。情が薄いので滅多に泣きませんが、
どうもそういう話にだけは弱いようです。
映画「エクソシスト」のラストシーンで号泣した過去があります。
<これを話すとみんな「怖くて泣いたんか?」と言う。ちがーう。
若いほうの神父さんがかわいそうでたまらなかったの。
でも今回は、確実に琴線かすった感触はあったんですが、
涙がにじみもしませんで。そのことがかえって気になって、
理由をいっしょーけんめー考えずにはおれませんでした。

テーマに対して、話数が少なすぎたのではないかと。
「いい子」描写にやたらと力を入れたくせに、事件の真相は
ほとんどメンマの口から出た、言葉の説明のみ。
敵の作戦の映像描写はほとんどなかったし。
クライマックスがほんとに駆け足すぎたのではないかと。
敵の首魁があっさりやられすぎではないかと。
一時的には村は守られたかも知れないが、将来的に
水不足になったときにはどうするんだと。
職業柄、仲間の死なんて日常茶飯事だろうに、ラストで
シズネさんと火影様がナルトのことを気にかけすぎではないかと。
なによりも

あの子の本名が明らかにならないままなのは
あんまりではないかと。

メンマて。メンマて。
しかし主人公の名前が「ナルト」だからな。
あの世界ではそれほど情けない響きでもないのかもしれないがしかし。

なんか、すんごい、もったいない気がしてしかたがなかった
エピソードでした。もっと名作になったかもしれないのに。

唐突に宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」を思い出しました。
しかし読んだのが昔すぎて、なんで思い出したのかが
具体的にわからない(爆)。

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